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21.5.13(木) 『404』

 

親友のひまわりが居なくなった。

ある日連絡もなく突然学校に来なくなった。

メッセージを幾ら送っても既読がつくことはない。こっそり見つけておいたあの子の好きなバンド追っかけ用のtwitterアカウントのいいね欄も更新されなくなった。

自宅の場所は知らなかった、特定しようとしたんだけどうちと反対方向で尾行けたかったのにちょっとでも遅くなるとクソ親がガタガタ言いやがるから許されないからあのブタ馬鹿死ね!!!お前らがいなけりゃ生まれて来なかったし家も分かったのに!!!!!!!!

なんで。なんでなんで何で。私を置いてくのヒマワリ………………………。

 

***

 

黒髪を胸の上ほどまで垂らした、スッピンだけど目がアーモンドのように大きく、高い鼻と小さめの口、丸い顎。高校生らしくない、全体的に幼い子供のようなあどけない雰囲気を、眼鏡がより際立たせる。

入学初日に知った顔の見えない教室で、真っ先に視線を手繰り寄せられたのが、ひまわりだった。

「あの。私、佐間夏奈。」

前の席が空いてたから腰掛け、後ろを向き声を掛ける。こちらを映す瞳は、なんだか気持ちを読みにくい。

「……。むかいあおい。」

思ったより声は低めだが、少し鼻にかかるような話し方も良い。

「どうゆう字?アオイって、難しい方の青?『迎える』に井戸のい?」

「向かうに日にちのひ。と、植物の葵。」

………と。

「それって向日葵じゃん!じゃあひまわりって呼ぶね!」

黙っているひまわりを放置し、そのまま畳み掛ける。

「あのね、エヘッ夏つながりだよね!うちら!佐間夏奈って、Summerで夏。あなたはヒマワリ。ねっ!!」

知ってる人全然いなくてどうなるかと思ったけど、いい高校生活になれそう!

 

「ひまわりって可愛いよね、アイドルみたい。DDT(Dance・Dance・Teddybear)にいそう!BBA(Beauty・Ballet・Answer)なら悪口っていうかあんまし可愛くないってことだけどさ……、絶対DDTだよ。」

「ええ………、そぅ?」

ちょっと困った顔で首を傾けるひまわりは、ちょっと地味だけどやっぱりかわいい。

陽が長くなってきたが、まだジャケットが無いと肌寒い。うちの高校名物(?)万里の長城並坂道を重力に逆らいつつ並んで滑り降りる。

「うん、目がすごい大きいしさあ。色も白くて顔小さいし………スタイルもいいし。」

153cmの私から少し見上げる位置に彼女の視線がある。骨太の私と違って華奢だし、腰が高くて脚も長い。すごいなあ………。初日にこんな子に会えるなんて、すごいハッピー!

「そんなことないよ。」

そう言うひまわりは、容姿の割に大人っぽかった。

「見てこれレオン!かっこいいでしょ♡」

「れおん?誰」

休み時間、最初のままで固定された席の前後、私が差し出すスマホを興味無さげに覗き込むひまわり。

「だからー、尾無麗音!アイドルでねー、『嘘執』にも出てる!観てる?」

「ぅー、えーー。うそしつ?ドラマ?」

「『嘘つきな執事さん』!土9!!!あのねー、ヒロインが背広美鈴ちゃんでねえ、主人公の家に突然イケメン執事がやって来てねー!」

へえーと言ってはいるがひまわりは既にボーッとしはじめていた。もう!どうでもいい話になるとすぐボーッとする……。

気付いたが、ひまわりはふとした時なんだか意識がどっかへ行くことが多かった。瞳もなんだか不思議で、じいっと見つめられるとキンチョーした。なにかな、目は大きいけどパッチリ見開いてるんじゃなくって、なんだか力無さそうにダルそうに少し閉じてるんだけど、こげ茶の瞳は真っ直ぐで、………そうだな、ねずみの観察してる研究者みたいで、ヒトを見るときの目じゃない気がする。じいっと凝視してることが多いような。

フと見ると見つめられていた。

「ひまわりって、目変わってるよね。なんか。」

「えぇ?わかんない……。」

困ったように笑いながらガタンと立ち上がるひまわり。

「どこいくの?」

トイレ。

あたしも行く!!!!1秒だって離れられない。焦って後を追う。

ひまわりは黙っていた。

「あのさあ、級ってあるじゃん。」

帰り道、珍しくハキハキとひまわりの口が動く。

「なんか、検定とかはさあ級じゃん。段々数字が少なくなって一級がスゴイ。でもさ書道は段じゃん?段って増えるほど偉いじゃん?訳わからんじゃん?なんかもう『すごいよくできるで賞』とかでよくね?」

「アハハっ、たしかに。」

「ねぇ!?」

今日は口が回る。ひまわりは話すとオモシロイのに、普段は「壁」のようなものがあって、人を近寄らせないカンジがある。もったいない、もっと親しみやすい風にしたらもっと友達も出来そうなのに。

だけど私だけのひまわりでいて、とも思った。

 

***

 

夏つながりだね!!と夏奈から話し掛けてきた。

追いやるのも面倒で適当にうんうん言ってたら懐かれ、何をするにもトイレに行くのも移動教室も犬のように付いて来た。多少ウザかったが放っておいたらいつの間にか親友扱いされていた。

でもそんなことすら私はどうでも良かった。

 

帰宅した葵の身体は狭いリビングの端まで飛び、ジャストミートした机ごとひっくり返る。衝撃で窓ガラスが割れるが、幸い身体には刺さらない。

ジジイがすかさず駆け寄り、飛び出した引き出しで私の腰をジャーンとシンバルのように叩き、今回は幕引きだった。

あとで洗面所で鏡を見ると、叩かれた場所は真っ赤に痕になっていた。本当は疲れてるしお風呂にしたいけど、どうせまたどれだけ早く上がろうと変わらず「長い」と罵られるし、殴られたときあっためると腫れ上がるからシャワーにした。

殴られてるときは気を張っていて、ただ殴られるのに精一杯だけどこうして後の方が痛くなる。

自室へ戻っても酒を飲んだジジイが突然入って来たりするから気は抜けない。外に出てってくれてるときは、「神様一生帰って来なくていいです!」と思うのに毎日回帰って来てしまうのだった。ガックリンコと思った。

 

***

 

カシャー。

嫌でも耳につく電子音に視線を向けると、夏奈がこちらへスマホを向けている。

「えへへー。撮っ」

「勝手に撮らないで!!!!!」

彼女が話し終わらぬうちに気付くと叫んでいた。

夏奈は固まった。

廊下のまばらな生徒たちは皆こちらを見ていると分かったがどうしようもない。

私はこうしてすぐ訳の分からん理由でブチ切れた。こんなときの私は両親にソックリだ。そう思うと脳が凍結し、タマラナク死が近付く。

何でそんなに怒るの?!ねえ…と喚く夏奈を幽霊のように無視し、教室へ戻っても、お昼もずっと話し掛けられても黙っていた。その日は一人で帰った。

 

母は生きてても何の役にも立たない人だった。意味の分からないことで突然キレだす。父親が私を殴るのも見てるだけのくせに後から「かわいそうだったねえ。痛そうだったね」と言った。思ってもねえくせに。

「ママはアオちゃんが大事。親は子供が一番大事なんだよ。親子には愛があるんだよ」とも抜かした。

あいつは数年前に死んだが、なんであんなのと結婚したのか育てられもせんくせに。あんな馬鹿共の血が自分に流れてると思うとウンザリする。

もう何処か遠くへ行ってしまっても良いかも知れない。あんな家になど帰らず、誰も私を知らない土地で暮らすことを想像したが、全然リアリティが無かった。成功しないことを思い浮かべるときはいつもこう。

それで仕方なく私は今日もクソッタレの玄関のドアをくぐるのだった。

 

***

 

『向日葵さん(16)が14日から行方不明になっており、警察は調査を続けています。次のニュース…』

 

アタシが居なくなったら、あの子どうするかなあ………。

意外にも殺されるとき考えたのは自分のことじゃなくてあの子のことだった、あのなんの取り柄もないブスで地味な子。だけど何故かあたしにやたら熱中してきた、こんな意味のない私に。

夜中、いつもより激昂した父親が私を担ぎ、7Fのベランダから投げ捨てたが当たり所が良いか悪いか、まだ少しだけ意識があった。雨が傷口に当たり気持ち悪い。

これから私はくたばり、どっかへ捨てられたり埋められたりすると思う。近くにシラス養殖場跡の埋め立て地の底無し沼があるから、きっとあそこかな。血は雨で洗い流され、何も残らないだろう。

アタシはこの世の全てに価値なんか一つも無いと思うし好きな音楽だって結局好きなだけで意味は無いみんな価値など無いから、このまま死んだって構わない。クソジジイを呪い殺せたらもっといいけど、でも出来ないだろう死後などない。いつかこうなるとずっと分かってたからもういい。

でもあの子は馬鹿だから一人じゃ生きてけないし、アタシがいなくなったら気が狂うんじゃなかろうか。普通に生きてゆくだろうか。

アタシは自分さえ良ければ他はキョーミないしどうでもよくて、他人など気にしてるヒマが無いから。人間生まれるときも生きてる間も一人だから死ぬときもそう、他人と死ぬなんてまっぴら甘ったれんなバーカと思ってたのに、夏奈のことを考えたせいでその予定が狂ってしまった。大事でも好きでもないのに、死ぬ時の心に入り込んだアイツのせいで。

ほんと馬鹿だね。心底くだらない。

 

***

 

立体的な雲がいくつも浮かび、緑はツヤツヤと光って栄えている。私の嫌いな夏がまた来た。

数年経ち、沼の底のアタシの死体はすっかり骨になったまま誰にも見つけられず、夏奈は未だに私のことを時々思い出すようだったが、頻度はかなり減っていた。今は仕事が忙しいみたいだから仕方ないね。あの頃は毎日あたしのことばかり思い出して泣き喚き窓を割り机をぶち壊して発狂し周りを困らせてたけど。

クソジジイは酒を飲んだりタバコ吸ったり威張ったりパチンコに行ったり、変わらず生活してる。警察もとっくに捜索は諦めてる。そもそも大して見つける気も無いんだろう、新聞も昔片隅でごく小さく取り上げられただけで、もう誰もそんな記事は読まない。当時のクラスメイト達も、誰も私なんか知らないだろう。

 

これで、もう少し時間が経てば誰もあたしを完全に分からなくなる。本当に良かった。

 

 

 

 

やっと安心できる。

 

 

 

 

 

☆END☆

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