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『蝶は逃げ出さない』22.5.13

 

 誰も居ない小学校の放課後の廊下、少女が一人佇む。図画工作の作品を前にして。

 これは、別に彼女のものではない。他のクラスの女子のものだった。

 それには、蝶の形のペンダントトップがボンドで付けられていた。プラスチックのイミテーションのカラフルな宝石がキラキラと美しい。少女はそれに気を取られている。

 辺りを見やると、そこには生徒も先生もいない。

 彼女はおもむろに手を伸ばすと、作品からそれを取り外してそのまま帰った。

 

 はあ。だりいーーー。。。

「ねえ、帰り街寄らない?」「こないだ新しいゲーム買ったのに、弟に取られたんだけど!ムカつく!」「カレシに山ん中に置き去りにされてさーー。ウザ!」

 まじ、だりい。高校も皆も、カスのゴミだろ!!!馬鹿ばっかりだし。一つも面白くもなんともねえ!死ね!殺す!!!!!

「ねえ、カナタちゃん。奥石さん。」

 唐突にクラスメイトに呼び止められる。

「ん?」

「あのね、あんまり大きな声で言いたくないんだけどねーー。ナナの指輪が盗まれたんだって。いつも筆箱に付けてたやつ。ナナ、ショックすぎて今保健室。泣いてた。誰か変な人とか、見てない?とりあえず女子の間に聞いて回ってるんだけど。」

「え?そうなの?大変……。知らないな。」

「だよね。皆見てないし。ありがと。」

 それだけ言い、クルリと私など消えてしまったかのように彼女は振り返り、元のグループへ戻って行った。

 

「あーーーー、疲れたーーー。」

 帰宅し、部屋へ真っ直ぐ戻り部屋着というか腐ったパジャマみたいなのに着替え、ベッドに寝転ぶ。学校や外から帰宅するといつもこうだ、とても疲れて嫌になる。あんなとこ行ったって、一つもトクなんかしない。

 だけども、今日は少し違う。全然。

 ナプキンを二つ入れている生理用ポーチをリュックから取り出すと、カナタは満足げに指輪を眺める。さながら指輪の間から世界を見るように。

 わざわざこんなとこに入れたのは、もし疑われた時、筆箱までは改められるかもだが、まさかこんなものまでは開けさせないだろうと踏んだためだ。

 自分の指に嵌めてみちゃったりして。わー、カワイイ!!やっぱりナナ(苗字忘れた)が持ってるより、私が持ってる方がゼッタイ良い!!!!それに……。

 あの子が今、苦しんでもがいて泣いて、後悔してるのかと思うと、ほんとに嬉しい。何でかわからないけど、楽しくって仕方ない、ニヤニヤしちゃう。

 ああ、今日は良い日だったーーー。

 珍しく、苛々した母親に呼ばれるまでもなく夕食を摂りに行った。

 

 なんだこれ。指輪か?

 映画を観に行って上映後、そこのトイレに入ると、トイレットペーパーホルダーのところに銀の太い指輪が置いてあった。真ん中で一度捻った作りになっており、リボンのようにも見える。普通に可愛い。

 でも、もしかして一度落としたものを拾ってここに置いたのかなーー?まさか、私ならわざわざこんな汚いところに落ちたものを拾ったりなんかしない、そのままにしておく。

 用を足してから、それをコッソリポケットに入れ、手をきちんと洗い、ハンカチで拭き(今日はちゃんと持ってた)、保湿クリームを少し塗ってから、トイレを出る。

 一応トイレを出るまでは、「それ、アタシのなんだけど!!!」とコカインを取られたチンパンジーのようにキレられる可能性があったから、ジャケットのポッケに入れておいた。

 階下へのエスカレーターに乗り滑りながら、指輪を取り出して嵌める。これもあたしのだ!やっぱり忘れた人は今頃困ってるかな。そうだといいな!!

 20代になってまで一人で映画観てるなんてアレかな、周りは皆他の人と来てるしとか思ったけど、良いこともあったな!

 

「奥石さんは、ちゃんとしてるね」

「カナタちゃんは真面目に仕事してくれて助かるわあ」

 皆そんなことを言い、私を褒めるのだから、もしかするとそうなのかもしれない。だけど皆は私のことを分かってないのだ。私はどこまでも狡賢いし、クズだ。だけど後悔もせずこのまま生きてゆくのだろう。

 「奥石さんは、お友達会社勤めとかなの?」とふと聞かれたことがある。正確に、「いえ、いません。」と答えるとちょっと微妙な空気を感じ取った気がしたから、「大学の頃の友達は、ちょっと疎遠になっちゃって。」と誤魔化したが、それと伝わっている気がした。

 別に友達なんかいなくたっていーーーじゃん???あいつら馬鹿ばっかだし。恋愛とかの話しかしねーーし。

 

 そろそろ死ぬべきかも知れなかった。酒を飲み、少しだけフワフワした脳が捉えた思考はそれだった。

 仕事をするのは好きだけど、というか真面目に働く自分は好きだけど、それだけだし、他に特技も何も無い。バイトはしてるけど正社員とかでもないし。

 私には何にも無かった。

 こういう盲目さって一瞬のもので、暫くしたら無くなってしまうとこれ迄の人生でよく知ってる私は、すぐさま行動に出ることにした。

 ありったけ持ってる鎮痛剤と酒を並べる中、最後にはカワイイものが見たいと思い、ナナの指輪、蝶のペンダントトップ、銀の指輪、他にもぬいぐるみなんかを並べた。酒のせいかテンションが変で、楽しくなってきた!!

 というか自殺を考える時はいつも愉快になる、そうじゃないと死ねないからだろう。人生で最期に残された唯一の自由が自殺だと思う。

 でも、服薬って失敗するらしいしなあ。首吊りのが良いのかな。でも糞尿撒き散らすのもイヤだし、ブルーシートなんて持ってないし。ダンレボの専用コントローラ(ちょっとビニールシートに似ている)でも良いかな?苦しいのも嫌。うーーーん……。

 失敗は許されないと散々迷った挙句、酒が回ったのか気付くと床で寝ていた。普段はほろよい(3%)一缶しか飲まないのに、勢いで3本も飲んだせいだろう。

 起きた時は頭痛も吐き気も特にせず、ただ眠かった。10時間近く寝ていた。馬鹿なの?

 まあ、結局一晩寝て落ち着いた脳が言えることは、私みたいなクズでも平気で生きてってるし、皆(誰だよ)はもっと自分に自信持って良いぞ(何様だよ)ってことかな。死にたい時は好きに死ねばいいけどね!

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