スキップ☆ウィンター 2022/2/12
兄から結婚すると連絡があった。
そこから世界に亀裂が入り、現実は私から走り去り、そこに自分だけ取り残された。近頃良くなってきていたのが台無しだ。
兄も母も父も皆誰なのかよく分からない。
次の日も普通にバイトに行った。割烹着に白い帽子、マスクにエプロンと完全防備して休憩室から仕事場に向かう。
朝のスーパー店内は店員さんしかおらず、それぞれが品出しをしており結構好きだ。
それとは別に、客として行くスーパーというのは否応なく何か不安を増大させる。
歩き並ぶ人々、大量にある肉やお菓子、調味料などの品物の膨大な質量が私の中身を現実から引き剥がし空に浮かせ、肉体はそこに置き去りにされるのだった。
「おはようございまーす」
仕事場に着くとまず手を洗い、青い手袋を嵌めてから洗い物をし、お弁当をでき次第出す。冷凍食品の荷物を袋に小分けし冷凍庫に仕舞う。お米と釜を洗い、小分けの冷凍魚をそれぞれ解凍するため冷蔵庫に入れる。8時に来てそうこうしているといつの間にか12時になっている、怖い。
「いつまで保つかねえ」
「さあー、向こうすごい混んでたよ」
バイトも終わり休憩室に引っ込むと、聞くともなく耳に入ってくる。
うちは小さな個人経営の店なのだが、ついこないだ近くに大手のスーパーが出来、客がそちらへ面白いように流れて行く、流しソーメンである(違う)。
「でも聞いたんだけど、ちゃんと退職金とかは出るみたいよ。社員さんは」
「そっちはいいけどパートはねー。どーすんのよまったく」
ここが潰れたら次どこ行こう。また面接、落ちる、死にたくなるを繰り返すかと思うと100回負け続けのゲームを再戦する時よろしくウンザリした。生活に困りはしないが、働かないとどうすれば良いか分からないし凄く不安になり何も手に付かなくなるから嫌だ。
帰途に着き、怠い身体をフラフラさせ進む。辺りは一面白く、歩道は雪で埋まり死ぬ程狭くなって、一人しか通れない幅。車道側には高い雪山がデンとそびえ、車のはねた泥を受け、薄汚く茶色に染まっている。
もう首筋が冷凍室へ入れられたようで、マフラー持ってくりゃ良かった。家にうっかり朝忘れて来たのを後悔しつつ、滑らないように気を付けて早めに歩く。
なんとなくお酒を買おうかとも思ったが、効いてる間は良くても切れると現実がますます遠くなってしまうと分かったため、やめた。ずっと効いて実行力の上がったままなら良いんだけど。
帰宅し、取り敢えずスマホを見てゴロゴロする。いい加減シャワーに入りたいのだがどうにも身体が重くて怠く、想像しただけでウンザリする。服を脱いで髪と身体を洗い、保湿して…そんな重労働にはとても耐えられない。もう2日目だが今日もまたシャワーにすら入れない残念☆をわた!!!!!!人権が無い気分になるが仕方が無く諦めた。
床に落ちている本を手に取り、ベッドに寝転がる。恐らく人の死ぬような内容の小説なのだが(私が買ったものだから)、頭がぼんやりと霞みがかったように働かず、何度も同じ文を眺めるも何も頭に入って来ない。
諦めて横に本を置き、目を瞑る。疲れているのに薬のせいかそもそもまだ19時なせいか眠たくならず、仕方なく目を開ける。天井とカーテンの間辺りをぼんやりと見るともなく眺めていると時間が飛んだようになり、思わず壁を左腕で打つとダンと鈍い音が返る。腕が痛い。
怠いのに落ち着かず、何か殴り付けたい気分でベッドから起き上がる。
寒い廊下を通りトイレを済ませ洗面所で手を洗う。ふと見た鏡の中の人は、誰なのかよく分からなかった。
私は何にも無い。何も持ってない。いつも空虚で堪らない。例え褒められようと、その時はほんの少し安心してもまたすぐ不安が走り込んでタックルして私を底に押し倒してゆくのだった。(なんでやねーん)
毎日理由もなく(というか疲労?)死にたくて堪らない。
ただ絵を描くのに夢中だったあの頃に戻りたい。でもあの死にたかっただけの日々にはもう戻りたくは無い。毎日人が死んだらきっと目が覚めるだろうけどそんなことも無いのだった。だから人の死ぬ映画を観、本を読む。
誰とも仲良くなれないが、不可能なのだから別に必要ないのだと思う。皆が異世界の宇宙人のように思えた。
今日バイトに行くと、金田さんという60近いおばさんがメガネの度が合ってないとか白内障だとか何だとかで休まされた分、私が代わりに出ることになり、シフトが増えた。
休んだ途端に余計なことを考えたり死にたくなるため、正直助かった、と思った。どうせ趣味のことももう碌に出来ないし。頑張るけど、バイトはあんまり向いてないんだろうなとも思った。
一人いないだけでずいぶん仕事量が増えたようで、全然何も出来てないし時間も経ってない筈がもう終わる時間になっていて怖かった。上司の杉岡さんと一緒のシフトだった幸さんというおばあさんにかなり助けて貰い、なんとか少しだけできた気がする。全然終わってないけど……。(やゔぁい)申し訳なさが凄まじかった。
帰り道、横断歩道で青信号を待っていると、ただ意味も無く車道に飛び出してみたくなることがよくある。何故なのか、迷惑だからしないけど想像するのは無料だ。
兄はいつも正しい、と私は思っている。勉強して良い大学に入り、友人もいるし良い会社に入り、私と違ってすぐ辞めたりせず(私のはバイトだけど)まともに働き恋人を作り結婚した。
兄がいつも正しいことを選んでいってくれるため、私は特に何も気にしなくて良いから楽だと母にこぼすと、
「ナナたん(※私は23にもなり未だ『たん』で呼ばれている)は絵があるから」
と返された。
咄嗟に考えたのは、『じゃあ絵が描けなければ私は何もないの?意味が無いの』だ。そんな意図で言ってないかもだが、いつもこうだからもう諦めた。
私だってずっと何も考えずというか一心不乱に絵を描き続けられると思ってた。一生。だけどそうではない気がする、現に今文章を読んだりものを作ったりするのが凄く難しい。映画を楽しんだりする力も弱っているように感じる。薬を飲み始め、死ぬしか無いという考えは弱まったが、代わりに創作エネルギーが減ったような気がする。
でもそもそも死ぬしかGoになり何も出来なくなりずっと横になっていたから通院を始めた訳だし薬のせいではないというか自分自身のせいなのでは?もう何処へ向かおうとしてたかよく思い出せない。
ものを作らなきゃ褒められないし、その為に作る訳では決して無いけど評価されるとやはり嬉しい。そして私はぼーっとじっとしていると不安になってきて、だからほぼ常に何かしらを作り続けてきた。それでインプットが少なくなっているから何かが目減りしているのかもしれない。
今は意識的に休んでいるが、いつ迄こんな時期が続くのだろうと思ってしまう。
習っていたピアノも忙しいし元気が出ず全然行けないし弾けない。今は休止しているが、そろそろ辞めるしかないのだろうなと思う。
私は全てが中途半端で、嫌になる。
近頃は兄のみならず母も父も、そして自分も誰なのかよく分からない。鏡に映る私の瞳はブラックホールのように真っ暗で光を吸収し、見てると不安になる。状況判断では自分なのだが、そうと理解しにくい。
このまま生きていてももう私には何も無い。創作も、唯一私を分かってくれていた兄も、何もかも。過去は延々とゴミ溜め、未来は少しも無い。
考えている最も確実な死に方は、薬を飲み冬山へ行き凍死。なのだが、私のことだきっときっぱり死ぬことも出来ず、私は死ぬことすら半端に失敗するのだろうなと思う。酒で薬を多量服用することも考えるがどうも上手くいく気が余りしない。
図書館に行き、『羊たちの沈黙』を借りた。結構分厚かったが、少しずつ読み進めるといつしか読了した。内容はリアルでとても面白かったが、それよりも前作のタイトルが『レッドドラゴン』であることの方が気になった。遊◯王かよ!!
そしてピアノはもう無理だから辞めた。先生はそれでも優しく、「これまで習った曲をたまに練習してね^^」とメールで書いてくれた。
窓が高い位置まで白く雪で埋まった。今年は雪が多く、道も両脇が白い山がそびえ、というか歩道はほぼ存在しないものとなった。外に出るのがますます億劫になる。
ほぼ完全に創作全般が出来なくなってしまったため、この頃は何も出来ずとりま本を読み暮らしている。
毎日死にたかったがその元気も出ないためただぼんやりする時間が流れてゆくだけだった。
私の人生何だったのだろう?
今日は良い日だと思う。人生で最も素晴らしい日。
私の葬式の日だ。
結局、迷った挙句外に出るのもダルくて、自室で酒と薬をかっくらい、失敗するかもと心配したがなんとか成功したらしい。
私は外にいてその後のことは何も知らない。兄は泣くだろうか。両親はキレたりしてないかな。一応貯金のこと、口座の暗証番号とかは遺書みたいなメモに記した。葬式も一番簡易なものにすること、遺影は用意しないこと(写真が大嫌いなため)を頼んだが、どうなったろう。死んだ者に掛ける金や時間ほど無駄なものは無いと感じる。あとお経。クソほど長くて死ねと思う。
上を見やると、寒さでキッとした空気の中、少しの雲とのぺーとした薄青が広がっている。曇りでも、雪でもなく雨も降らない、ただいつも通りの空であることに満足した。
これでいつか完全に皆が私のことを忘れる日が来れば、私は初めて自由になれる。
そのことを考えると胸が軽くなり、スキップしたいようだった。
END