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『パズル』22.5.6

 おれはパズルにハマっていた。その流れだったのだと今ならそう思う。

 ある休日、やることも無くブラブラしてると何やらゴミ置き場が気になる。一つだけ、袋が置いてあった。「ははぁ、さては時間ムシして置いてった馬鹿がいんな」普段ならそうしてそのまま過ぎ去るだけだったろう。しかし、何故か気になり、注視してしまう。

 なんでこんなゴミを?馬鹿らしい、やめろ。そう思ったし、実際偶に通りかかる奴らには横目で見られてる感があった。でも何故か視線を手繰り寄せられる…ふと目を凝らすと、白黒のモザイクパズルのようなのが手前に入れられてることに気がいった。

 思わず、ほんとに何故だかしゃがみ込み、わざわざそれを確認すると、何かの紙に印刷された文字だった。

「ふーん。」

 固く結ばれた口に手をやる。なかなか開かなかったが、持っていたばねナイフで切ると、ガキの頃嫌いな奴の髪を切ってやった時のように簡単に開いた。貝柱を失ったホタテのようだ。

 ホタテの醤油焼きを恋しくなりつつ紙片を一つ摘む。タテヨコ1cm未満のものから、雑にでかく切られたとこまで様々だ。おそらくデカいとこは白いから、重要じゃないとこってことだろう。つまり、小せえとこが大事。

 ここまで一気に思考を進めると、何かつまんねえアイデアがにわかに訪ねてきやがった。

 『こいつを組み立てたらどうなるんだろう?』

 おれの行動はメチャ早かった。口の開いたゴミ袋をさっとひっ掴み、家に持ち帰ったのだ。

 

「あ〜、おれ、なにしてんだろ……。」

 畳に蜂蜜のようなイエローのゴミ袋をアクセントとして置いたとき、真っ先に口から飛び出た。

 これだからこんな六畳一間の生活から抜け出せないんだろう。貯金なんか無えし、いつも百均で買う小さなのと、時々金を貯めて買う店のちゃんとしたでかいパズルだけが心の支えだった。きちんと組めばちゃんと進む。ウソは吐かない。だから好きだった。

 お陰で家はパズルまみれだ。完成したらもういらないんだけど、捨てるのもなんだか寂しくて、放置している。時々昔のを崩して、またやる。

 取り敢えず、持って来た訳だし、と中を見る。新聞みたいなのに包まれた何かが二つと、あとはさっきのバラバラの紙だけだった。おれ、ごみ漁りするまで落ちぶれてはねーんだけどなあー。多分。いや絶対。

 紙片だけ取り出してみると、両手から溢れるくらいにはなった。そこそこ、量があるらしい。畳に並べ、こうして見ると、薬の袋のようだった。これを捨てたヤツは年寄りなのか?こんなに薬を飲むなんて。

 ついクセで手際よくサイズや色別に分けると、一番小さなもの、こいつは黒っぽい。印字されてるからだろう。と、次に大きな短冊切りみたくなってるの、乱雑に大きく切り取られてるの、の三つに分けられた。

 さっきも言ったように、大きなのは白っぽい。ここが薬の袋の上の部分とかなんだろう。あんまし病院とか行かねえからわかんねーけど。

 ここからは根気の勝負だった。幸い、今日のおれには時間だけはある。というか仕事以外何一つすることなんて無かった。

 まず、上の部分らしいとこを並べると、どうやら7枚分。次に、似たような文字が印じられてるところを選る。と言っても、中途半端に切られて識別出来ないのも多いが、そういうのは一旦よけとく。

 「お」とか「ク」とか、一文字ずつなんとか分ける。上の部分には「1/5」とかそういうのが書いてある。どれも同じ薬局のもので、デザインは変わらない。白地に青いラインで四角く囲ってあり、左上にピンクの小さい四角がある。

 「ニック」はきっとクリニック、「くださ」は多分薬の説明とかだろう、と当たりをつけてやっていく。7枚分とはいえ、書いてある情報はそんなに違わないはず。ぴったり切り口に合うように、それっぽく意味が通るように。

 途中カップ麺を啜りつつ進めた。

「うわー、辛っ!はずれかよ」

 安かったから買ってみたけど、辛すぎて美味くない。おれは買い物すらロクにできねえのかといやになった。安いビールを煽った。

 この日は、外側の方は一応ガタガタに出来たが、肝心の真ん中へんはちっとも埋まらず、苛々してよく眠れなかった。

 

「崇井!ボケっとすんな!!!」

「さーせ〜ん……」

 叱られてもいつもみたく内心でキレる気にもならねえ。白い作業服で全身を隠し、手袋ゴム長靴で暑いが、そんなのも気にならない。

 早く家に帰って続きをしたい。それだけがおれの原動力だった。

 とにかく流れていくネジを見送って、変なやつははじく。これがおれの仕事。つまんねえよな!おれも毎日そう思うけど、ここしか受かんなかったんだから仕方ない。いつもなら頼れる金持ちの身内とか、突然現れねーかなあとか妄想したりもするけど、この日は全くそんなことは無かった。

「たでーま〜……」

 誰に言うともなく、買い物袋を床にドサッと置き、すぐ紙片に向かう。クソ暑いのに風で飛ぶとおれは絶対キレるから、ただでさえ暑さで激昂しそうなのに窓が開けられなかった。なんで5月でもうこんなに暑いんだよ!クーラー持ってるやつら、全員死ね!!!

 集中してると自然とかく手汗を洗濯しても薄汚れたままのタオルで拭きながら、紙を崩さないように細心の注意を払い進めていく。

 何もなくともベッドと小さい冷蔵庫、ゴミ箱と大量のパズルしか無い狭い部屋が紙片でより狭くなる。でもそんなのも気にならないくらい、おれは熱中してた。

 だって、面白い!こんなのは初めてだ。

 百均のは簡単すぎて、今なら目をつぶってでも完成させられそうだ。ちゃんとした店のはでもでかいばっかりで、ハマればすぐ終わってしまう。

 だけどこれはそのどれとも違う、紙の大きさもバラバラ、そもそも組めるように切られたわけじゃないからすげえ不親切。でもそこがスゲー燃える!ここ暫く、いや人生でこんなに何かに集中したの、初めてかも。すげえ楽しい、超やばい。

 

 そうして一ヶ月ほど経ったある日、やっと一枚完成した。多少ヌケはあるものの、捨てた奴の名前、通ってる病院、薬局、もらった日付までわかってしまった。でもそれはそれとして、とりあえず全て終わらせてしまいたい。

 一つ完成させるとコツを掴んで、後になるほど紙の量も減るし、次々と『完成』させていった。

 全て終えたとき、真っ先に感じたのは、退屈だった。もう終わってしまった、あんなに楽しかったのに。そして怒り。幸福を自ら手放した気になり、イライラした。

 そうだ、この新聞紙の中身は?とゴミ袋の残りを開けてみるも、ただ鼻かんだと思われるティッシュの山があるばかりで、むしゃくしゃした。思わず壁を蹴ると隣から強めに壁ドンされて、またムカついた。

 取り敢えず一枚はセロハンテープで留め、後はまた崩そうかな…でも、もう覚えちゃったしな。そう考えてぼんやり眺めてた。

 これを捨てたヤツは、女。「輪谷明日香」というらしい。通ってるのは「ちくわストレスケアクリニック」で、薬局は「かまぼこ薬局」。薬の名前は難しくてよくわからん、ググると精神科の薬らしかった。

 そんな情報には少しも興味ないおれは、買ってきたメシをテキトーに食って、酒を飲み、ただの紙片から処方薬の袋の残骸に変わったものたちの横でふて寝した。

 

「あ、もうお前来なくていいよ。仕事はコレがやってくれる」

 おれの目の前には、でかい機械が立っていた。どうやら、これからはネジの点検はコイツがしてくれるらしい。おれと同時に数人が退職していった。

 困窮するのなんてあっという間だ。履歴書を書いて、面接を受けては落ちる。また履歴書を書いて、落ちる。いっそ落ちるために面接を受けてるのではないかと思いだし、履歴書を見るのもイヤになった。

 こんな人生もう捨てるしかないかもしれない。はあ?ふざけんな!!!あんなしたり顔のジジイがおれをクビにしてうまいメシ食ってたけー酒飲んでるなんてありえねえ!!馬鹿じゃねえの?!!どいつもおれのこと、馬鹿にしやがって!バカばっかのくせに!!

 博打でも打ってやろうか。クビになっても腹は減るから、うまくもないコンビニ弁当をつまみ、ビールを注ぎ込み、その日は寝た。

 

 次の日から時間だけは散々あるおれは、女を探すことにした。処方薬の袋の女だ。「輪谷明日香」とかいう。探してどーすんのかって話だが、もうよくわかんねえ。カネもねえし、奪い取っても生きてやりたい。絶対死にたくねえ!

 この辺で「輪谷」って苗字の一軒家はねえから、マンションかアパートだろう。で、あそこにゴミを捨てるってことは、めちゃくちゃこの辺ってこと。そんで、マンション専用のゴミ捨て場が無いってことだ。つーことは…。

「ここか」

 茶色の外観に、外側に螺旋階段がついてるマンション。案外あっさり見つかり、拍子抜けというか、もしかしておれ探偵の才能とかある?面接受けようか。

 でも、甘かった。郵便受けのところに、今どき誰も名前を付けてないのだ。

「うわあ……。」

 もう詰んだ。でも諦める気にもなれず、ガチャガチャやって郵便受けの口を開ける。中が少し見える。ケータイのライトで中を照らすと、あった。名前の書いた郵便物。「輪谷」。

「ヨッシャ!」

 503号室。オートロックの扉はなくて、そのまま入れた。エレベーターはボロいけどギリついてて、5階を押す。全体的にぼろっちいマンションだな。古くさいつーか。

 ポーンと音が鳴り、止まる。出て3つ目の扉。やはりどこもそうだが、表札も出してない。インターフォンを押す。反応はない。もう一度。無。

 よく考えりゃあ、まともな人間は働いてる時間なんじゃねーか?平日の昼間って。と思い、なんとなくドアノブに手を掛けると、普通に開いてしまった。

「まじかよ……」

 流石に不用心すぎだろ。大丈夫かよ。ああ、でもこれで誰もいなければ楽して数万くらいは手に入るかも、なんて甘いことを考えつつ、息を潜めて中の様子を伺う。人の気配はしないし、物音もなし。

 思い切って入ってみる。他人の家の匂いがして、落ち着かない。心臓がバクバクいってる。玄関で立ち止まる。靴が3足ある。本当に外出してるのか?だが、何の物音もどこからもしない。

 そうっと足音を立てずに、真っ直ぐリビングへ向かう。廊下の両脇にキッチンと、多分トイレ?

 心臓が跳ねた。人がいる。うわうわうわ。やばいやばいやばい、寝てる寝てる寝てる。逃げねえと。…。いやなんかおかしい。女が床に横になってるんだけど、口から黄色いアワを吹いてた。しかも、周りにはなんかの薬の空シートが山のようにある。

 これ……………。

 全てを察し、寒くなったおれはすぐさまそこを出た。どっか通報?どうやって?ケータイから非通知で?でもそんなことして不法侵入ばれたらどうしよう。やべえやべえやべえよ。半ば走りながら階段を駆け降りる。慌てすぎてエレベーターを待つ余裕がなかった。

 通行人に見られながら家まで走る。全力で長い距離走るのなんて学生以来くらいだし、喉もいてーけどとにかく走った。

 人が死んでるとこなんて初めて見た。なんだあれ?怖すぎだろ。マジで死んでんの?ウソじゃなくて?

 這々の体で家に帰ると、床に置きっぱにしてた黄色いゴミ袋で、口から吹いてたアワの黄色を思い出し、吐きそうになる。思わずえずいた。

「なんだよあれ、なんだよあれ!!ふざけんなよ!!」

 隣からドンドンと聞こえる。

「うるっせえな、黙ってろよ!!!」

 またドンドンドンと聞こえたが、無視した。

 怖くなり、取り敢えず布団を頭から被り丸くなる。ガキの頃から怖いとき、不安なときにするクセだった。

 見なかったフリしたら呪われたりとかすんのかな。いやそんなんあるわけねーだろ。生きてる人間のが強えーし!!

 なんだかイラつき、直した処方薬の袋をグシャグシャにしてまた元のゴミ袋に突っ込んだ。

 何も食う気になれなかったがやはりそれでも腹は減る。買っておいたカップ麺をなんとか作り、啜る。以前食って不味かったのに間違えてまた買ったヤツだったが、味が全然しなくて驚いた。そのまま震えて寝た。

 その日の夢は、バラバラになった『輪谷明日香』をおれがパズルみたく組み立てる夢だった。ありえねえ。

 

 次の日、燃えるゴミの日じゃなかったが家に置いときたくなくて、ボンと例のゴミ袋をゴミ捨て場に置く。

「ちょっと!今日は燃えるゴミの日じゃないよ!!プラだよ!」

 振り返ると知らないババアが怒鳴ってた。殴りつけてやろうかと思ったけど、しぶしぶ持ち帰らされた。

「クソッ!死ねよ!!」

 畳に寝転がると、小さな紙片がまだ入れ損なったのがあり、びびった。呪いかと思った。

「つーか、死んでんじゃねえよ!おれの前で…」

 ほんとマジ腹立つ!

 

 そこから数ヶ月経ち、おれも新しい仕事がやっと決まった頃。外から救急車の音が聞こえたと思うと、次の日、一人暮らしの女の死体がマンションから見つかった、死後しばらく経っててこの暑い季節に腐敗が進んでいたらしいと噂に聞いた。

 おれはやっとあのスッカリ忘れていた女のことを思い出したが、「結局生きてる人間のが強ええ」という結論に至ってしまい、どうでも良くなっていた。

 あんな女のことなんか、誰も気にしてないし、気にならないし、死んだってなんとも思わないのだろうなと思い、仕事に向かった。

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